MENU

『ゆるす 読むだけで心が晴れる仏教法話』

ウ・ジョーティカ 魚川祐司訳 新潮社

 

仏教を学ぶシリーズ。
世の中は「マインドフルネス」がはやっているようです。
というか、「マインドフルネス」ってなに。
『世界一の生産性バカが1年間、命がけで試してわかった25のこと』でもマインドフルネスは有効だよ、と書いてありました。
乗り遅れた私は、マインドフルネスについて学ぶためにまずは本書を読んでみることにしました。

本書の翻訳者は『だから仏教は面白い』の魚川祐司さん。
著者のウ・ジョーティカ師は1947年ミャンマー生まれで、ミャンマーのヤンゴンを拠点に他国で瞑想の指導もされているそうです。
本書は「非仏教圏での、主には西洋人を対象とした法話」となっています。

この本では「効率」という言葉が繰り返し使われます。

「人生においてネガティブなことが起こったとき、それは私たちの体と心の効率性を引き下げてしまう」「効率的であることはとても大切です」「心と身体を、より効率的にするのです。エネルギーを節約してください。私たちに与えられている時間とエネルギーの量は、たいへん限られたものなのです」といったように。

「マインドフルネス」は効率性を引き上げてくれるもののようです。
そういわれれば『エグゼクティヴのためのマインドフルネス』みたいなタイトルの本をよく見かけます。
ただ、よく読むと、仕事の効率性を上げるのではなくて、人生の効率性を上げなくてはいけない、と言っているのですが。

マインドフルでない人たちは、自分の人生を感情によって生きています。そして感情は選択をしない。本当の意味での選択を、することができないのです。それであなたは全てを──つまり、重要なこととそうでないことを──一緒くたにし、そして人生には重要でないことの方が多いですから、そこであなたは重要でないことを多く行って、たくさんの時間を無駄にすることになる。重要でない多くのことを、考え続け、話し続けてしまうのです。

非常に耳が痛いです。
インターネットから、人に言えないようなことまで、重要とはいえないようなことで時間を潰し、あとで自己嫌悪になる毎日。

では、どうすればいいか?
外から来る事象に「反応」せず、苛立ちや怒りを抑えて「応答」すればいいのだといいます。

マインドフルネスとは反応しないことです。反応はマインドフルネスではありません。反応は自由ではないのです。反応とは、一つの牢獄です。

わかる気がします。
私たちは世界中からやってくる刺激に囲まれて生きています。
ネットサーフィンも、テレビも、「いいね」も刺激に対する反応に過ぎないのでしょう。
反応することに忙殺されて自分で考える時間もない。
では、反応しないために具体的にどうすればいい?
数分でもいいからマインドフルネス(気づきを保っておくこと)瞑想をしましょう、といいます。

そして、もしあなたがこの種の落ち着きと穏やかさを、ほんの短いあいだ、たとえ一分間でも経験することができたなら、その事はあなたの人生に現実的な影響を及ぼしています。直ちに悟ることができないにしても、そのことはあなたの人生に現実的な効果を持つことになる。あなたはいまや、参照項(reference)を持ったわけですからね。ほとんどの人には、この参照項というものがありません。(中略)
そんなわけで、私たちにはある種の参照項が必要ですが、それはあなたの経験から得られたものでなければならず、単なる観念であってはなりません。私たちは単に聞くことや読むことから学ぶことができない。私たちは、実践から学ばねばならないのです。

怒らない、イライラしない、ネガティブなことは考えない、ということを理屈でわかるのではなく、マインドフルネスの実践によって経験しましょう、ということです。
そういえば先日読んだ魚川さんの本でも、仏教は理論と実践の両方が必要だ、と書いてありましたね。
一日数分でもいいなら、マインドフルネスを試してみようかな、とも思います。
マインドフルネスは筋トレと同じような、プラクティカルなものなのでしょうから。

ところでこんなことも書いてあります。

最も自身のためにならないことは、早朝に新聞を読むことです。そしてもう一つ最悪のことは、起きたらすぐにテレビをつけて、ニュースを眺めることですね。

まいったなあ。ほんとうに自分のためにならないことしかやっていない。

[amazonjs asin=”4105068717″ locale=”JP” title=”ゆるす: 読むだけで心が晴れる仏教法話”]
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次