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『文章読本X』

小谷野敦 中央公論新社

文章がうまくなりたい私は「文章読本」系の本に弱くて、つい手を出してしまいます。

小谷野さんの『バカのための読書術』に影響を受けて、歴史の勉強のため司馬遼太郎などの歴史小説を読み始めたりしたものです。

この本の「はじめに」で小谷野さんは宣言しています。

 私は『文章読本』を書こうとしているのだが、現代においてこれは蛮勇を要することである。だいたい、私は名文家ではない。むしろ悪文と言われることが多い。だが、ここでは名文を書く方法について記そうとしているのではない。むしろ、伝えるべきことを正しく伝えようとすると、悪文になりやすい、ということを言い、そのような悪文を勧めようとしているのである。正しく伝えて、なお名文、というのも、可能性としてないではない。だが、一般の人がそんな高度な文章力を身につけられるはずがないのであって、一般の人は、内容が曖昧模糊な名文よりも、内容的に正確な悪文を書くべきだ、といおうとしているのである。(p7)

この本で「名文」というのはレトリックを駆使した華麗な文、みたいな意味です。

内容的に正確な悪文、というのはむしろ私がめざすところですので、楽しみに読み始めました。

なお、小谷野さんの文章は好きなので、悪文と言われてることは意外でした。

文章向上に具体的にアドバイスになりそうのは、たとえばこんなところ。

人はかっこうをつけたがって、別に周知のことでもないものを、「周知のこと」と書きたがるものである。「人形浄瑠璃を今日文楽と言うのは、明治時代に大阪で植村文楽軒が文楽座という人形浄瑠璃の小屋を運営していたからであることは、今さら言うまでもない」といった類である。(p18)

確かにいやらしいですね。知識のひけらかしになっちゃいます。つい使ってしまう言い回しですが、気を付けないと。

毎日日記をつけるなどというのもあるが、私が文章の訓練をさせるなら、まずさせたいのは、小説や映画のあらすじを書くことである。(p36)

あらすじを書くのはとても苦手です。ブログで映画や小説のあらすじを書かざるを得ないときがあり、放り出したくなります。

簡潔かつ的確にあらすじを書いている人を見ると尊敬してしまいますが、やはりこつこつ練習していかないといけませんね。

 ユーモアが身につくかどうかは別として、文章を書こうというほどの人は、落語は聴くべきである。(P110)

落語は少しかじった程度ですが、もう少しきちんと聴こうかな、と思います。小谷野さんは落語で自分の語り口を作り上げたそうです。

一方では、文豪たちがばっさりと切り捨てられています。

たとえば川端康成もこんな感じに。

 川端は語彙が乏しく、五味康祐は、漢文の素養がないからではないかと書いたが、そうではなく、あまり読書をしなかったのだ。(p115)

文章読本と言うよりは小説家を中心とした文章についてのエピソード集という趣で、小谷野さんの博学が楽しめます。

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