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『くずれる水』『あかるい部屋のなかで』を読む

金井美恵子(『ピクニックその他の短篇』所収)

『くずれる水』を読んでいると、昔読んだ蓮實重彦の『陥没地帯』と雰囲気が似ているな、と思った。

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『陥没地帯』は私が好きな小説のひとつで、何が好きかというと、文章が音楽のようにたゆたっているところが好きなのだ。

こういう比喩をすると怒られそうだけれども。

何かに向かって突き進む、という小説ではなくて、その瞬間の快楽を味わうための小説、といえばいいのかな。

快晴の空の下というよりは、どんよりした曇り空の下の雰囲気。

その中で事態が事実かどうか分からないままに進行していく。

夢のような、といってしまうとそれは夢として定着されてしまう。

むしろ夢かどうかもわからない、現実が夢かも知れないじゃないか、と陳腐なことすらいってしまいたくなるほどにもうろうとした感じに陥る。

それがとってもよい。こういう非日常的な雰囲気を書くことができるというのはすばらしいことだな、と思う。

『あかるい部屋のなかで』は私が金井美恵子に親しんだ目白四部作や、『噂の女』といった小説群と文体的に近くなっていて、麻薬的に影響を受ける。たとえば出だしはこんな感じだ。

   折りたたんだ子どもが一人入りそうな大きさのジュラルミン製のトランクを持っていたので、その男がパウダー・ブルーのスーツに黒いニットの細めのタイという、自分を筋肉質で感じよく陽に焼けた業績バツグンのハンサムと思いこんでいる典型的セールスマンの服装をしていたのにもかかわらず、雑誌社か新聞社のカメラマンかカメラマンの助手と思ってしまって、スミレは、廊下に立ってニッコリしている男にむかって、主人は来月まで帰って来ないんですよ、と答えた。

こんな感じでワンセンテンスが異常に長く、場合によっては別の話者が同じ文章に入り込んだりする、うねうねした文章が見られるが、これが癖になってくる。

自分の文章ですらうねうねとしてまるで蛇のようになってくるが、そういえば蛇のような顔をした女と別れた私の友人は最近まで一年以上も会社を休んでいたのだったけれど、どうしたのだろうか、そういえば私自身も会社は休んだものだった、あのときは復帰するのはけっこう辛かったな、などと思いながらも、自分の文章力と金井美恵子の文章力の差異、というよりもむしろおなじ「文章」などという単語で比べることのばかばかしさかげんにくらくらしながら軽く伸びをするのだった。

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